
| 自殺の予防とうつ病について |
2004年03月19日放送
双葉厚生病院
精神科 医師 板垣 俊太郎
|
本日は、自殺とその原因、予防についてお話させていただきます。
我が国での年間の自殺者数は年々増え続けています。1980年代から90年代の中ごろまでは平均で約22000人前後であったのが98年には33000 人前後と一気に一万人以上増え、ここ数年は年間の自殺者は30000人前後となっています。さらに、自殺未遂者は少なく見積もっても既遂者の約10倍はいると推定されています。そして、自殺未遂、又は既遂がおこると強い絆のあった人々の最低5人が深いこころの傷を受けるとも言われております。
このように自殺とは死にゆく人ばかりの問題ではなく、その周りの人々のこころの健康を脅かす重大な問題なのです。
さて、その自殺予防についてお話する前に、どういったことが原因となるのかについて述べたいと思います。自殺既遂者の95%には精神科的に診断がつくという心理学的検討があります。つまり、自殺の背後には様々な心の病が隠れているというわけです。ある調査では、自殺をしてなくなられた方の40%がうつ病、そううつ病などの気分障害、20~25%がアルコール依存症、10~15%が統合失調症、20~25%が人格障害であったといわれております(litman、1989)。ここでわかることは、自殺既遂者のなかでの割合が多いのがうつ、そううつ病に代表される気分障害圏の患者さんと統合失調症の患者さんだということです。また、自殺企図の既往は、今後又自殺をしてしまう可能性が高いと予測されます。100人の自殺企図者中の1人は自殺企図後の一年以内に自殺で死亡するといわれており、これは一般人口のおおよそ100倍であります。
精神科的な問題以外にも、自殺既遂者のおおよそ5%の人が末期の身体疾患を抱えていたという報告もあります。この場合の末期の身体疾患とは心臓や肺の病気、アルツハイマー病、腎透析、ガン、HIV感染症などがあげられます。これらの病気による痛みや機能喪失の恐れ、死への恐れが疾患の早い時期に自殺を誘発すると言われております。診断直後に自殺の危険性が比較的高いと言われています。こういった方々も、精神的なケアが必要であると考えられます。
以上のように、自殺の原因を考えてみますと、多くはこころの病によって引き起こされた死であると言っても過言ではないのです。そして自殺の原因となったこころの病を早期の段階で発見して適切な精神科的治療を実施することが自殺と言う不幸な出来事の予防につながるといえると思います。
ここからは、自殺の原因として最も多いうつ病についてお話することにします。
うつ病の症状としてはまず典型的には、気分が沈む、涙もろくなる、自分を責めてしまう、仕事の能率が落ちる、仕事が手につかない、決断が下せなくなる、これまで関心があったことに興味がわかなくなる、寝付けない、寝てもすぐ起きてしまう等があります。
又、今述べたような感情や思考の面に現れる症状に加えて、同時に様々な身体的な症状もしばしば現れてくるのがうつ病の特徴です。ところが、一般の人はこれがうつであるとなかなか気づきません。その結果、精神科以外の身体科(内科、外科など)を長年受診して、いっこうに体の不調が良くならないという場合があります。
いくら病院で検査を繰り返しても明らかな異常が見つからないのに、身体の不調が続くというときはうつ病の可能性を考えてみてください。
さて、これらのうつの症状が出てくるときや、うつ病の人が自殺に及ぶ前には何らかのサインやきっかけがあるといわれています。
例として以下の出来事をあげてみます。不安を紛らわすために酒量が増した、急に仕事の負担が増えたり大きな失敗をしてしまった、職を失ってしまった、相談する相手がいなくなってしまった、愛する人を事故や病気で失ってしまった、身体的に重症な病気にかかってしまった等です。もちろん人それぞれ同じ出来事が起こるわけではありませんし、他の人にとっては何でもないことでも、当人にとっては非常に心を動かされた出来事がきっかけとなり得ます。あくまでその人その人にとって打撃となることを考える必要があります。こういう出来事やきっかけが引き金となって、反応としてうつ状態を示した人が”自殺する”とはっきり口にしたとき、自殺の危険性は非常に高くなります。自殺を決意した人の多くは実際に行動に及ぶ前に誰かにその意図を打ち明けていると言われています。そして、もし、そういう相談をされた場合は、徹底的に聞き役に回ってその人の話に真摯に耳を傾けるという態度を貫いてください。そのことが自殺予防の第一歩になります。人に相談するだけでも、混乱した感情が整理され、冷静さを取り戻してくるものです。そして、相談された人は、自分だけで抱え込まないで専門機関を是非、尋ねるようにその相手に働きかけるようにしてください。
さて、最後に治療について簡単にご説明します。今まで述べたように自殺の危険の背後にはしばしばこころの病が隠されています。そして、こころの病に対しては様々な治療法が存在します。精神科治療で100%自殺が予防可能であるとは断言しませんが、適切な治療も受けないままに自殺という取り返しのつかない最後の行動に及んでいる人があまりにも多いのが現状です。早期の段階で適切な治療を受けることができれば、自殺予防の余地はまだまだ残されています。
うつ病の治療は、一般的に薬物療法、精神療法、周囲との絆の回復です。まず薬物療法ですが、最近は以前と比べると副作用の少ない新しい種類の抗うつ薬が導入されています。次の精神療法とは、問題を抱えた人に我々専門家が受容的、支持的に接し自殺という極端な解決策に打って出てしまう傾向に対して根気強く働きかけていくものです。最後の周囲との絆の回復とは自殺の危険の高い人たちは精神的に重要なつながりのある人との関係が希薄になったり、自らその絆を断ち切ってしまったりする傾向があるため、そうならないように絆の回復を目指すというものです。
このような治療の組み合わせとスタッフの協力、家族からの協力により、ねばり強く治療を進めていくわけです。
最後に、うつは珍しい病気でもないし治療法がない不治の病でもありません。適切な治療により、必ず良くなる病気なのです。もし、自分で心当たりのある方や、周囲にそのような方がいらっしゃいましたら、気軽に近所の精神科、神経科、または心療内科を標榜している専門施設にかかってみることをおすすめします。
参考文献
・高橋祥友:自殺予防の10箇条 働き盛りの人の救いを求める叫びをどう受け止めるか 毎日ライフ2001年11月 p72~p77
・精神科シークレット
・James R.Rundell、 et.al 監訳 松浦雅人他:コンサルテーション・リエゾン精神医学ガイド メディカル・サイエンス・インターナショナル 2002
・張賢徳:希死念慮、自殺念慮、精神科臨床サービス、vol.2№3:323-327,2002
|
福島県厚生農業協同組合連合会 福島県福島市飯坂町平野字三枚長1−1 TEL(024)554−3450 FAX(024)554−3483